業務上横領被告事件

最高裁判所大法廷判決/平成13年(あ)第746号 判決日 平成15年4月23日
      主   文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中610日を本刑に算入する。
      理   由
・・・・上告趣意について
1 所論指摘の第1審判決判示第一,第二の各犯罪事実は,これらに対応する各訴因と同内容であり,その要旨は,「被告人は,宗教法人Aの責任役員であるところ,Aの代表役員らと共謀の上,(1) 平成4年4月30日,業務上占有するA所有の川崎市中原区小杉御殿町(地番略)の土地(以下「本件土地1」という。)を,B株式会社に対し代金1億0324万円で売却し,同日,その所有権移転登記手続を了して横領し,(2) 同年9月24日,業務上占有するA所有の同区小杉町(地番略)の土地(以下「本件土地2」という。)を,株式会社Cに対し代金1500万円で売却し,同年10月6日,その所有権移転登記手続を了して横領した。」というものである。
2 原判決の認定によれば,上記各売却に先立ち,被告人は,各土地に次のとおり抵当権を設定していた。すなわち,本件土地1については,昭和55年4月11日,被告人が経営するD株式会社(以下「D」という。)を債務者とする極度額2500万円の根抵当権(以下「本件抵当権①」という。)を設定してその旨の登記を了し,その後,平成4年3月31日,Dを債務者とする債権額4300万円の抵当権(以下「本件抵当権②」という。)を設定してその旨の登記を了し,また,本件土地2については,平成元年1月13日,Dを債務者とする債権額3億円の抵当権(以下「本件抵当権③」という。)を設定してその旨の登記を了していた。
しかし,原判決は,本件抵当権①,③の設定の経緯やその際の各借入金の使途等はつまびらかでなく,これらの抵当権設定行為が横領罪を構成するようなものであったかどうかは明瞭でないし,仮に横領罪を構成することが証拠上明らかであるとしても,これらについては,公訴時効が完成しているとし,また,本件抵当権②の設定は横領に当たるが,本件土地1の売却と本件抵当権②の設定とでは土地売却の方がはるかに重要であるとして,本件土地1,2を売却したことが各抵当権設定との関係でいわゆる不可罰的事後行為に当たることを否定し,前記(1),(2)の各犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。
3 所論は,原判決の上記判断が最高裁昭和29年(あ)第1447号同31年6月26日第三小法廷判決・刑集10巻6号874頁(以下「本件引用判例」という。)に違反すると主張する。
本件引用判例は,「甲がその所有に係る不動産を第三者に売却し所有権を移転したものの,いまだその旨の登記を了していないことを奇貨とし,乙に対し当該不動産につき抵当権を設定しその旨の登記を了したときは,横領罪が成立する。したがって,甲がその後更に乙に対し代物弁済として当該不動産の所有権を移転しその旨の登記を了しても,別に横領罪を構成するものではない。」旨を判示し,訴因外の抵当権設定による横領罪の成立の可能性を理由に,訴因とされた代物弁済による横領罪の成立に疑問を呈し,事件を原審に差し戻したものである。
なお,所論は,原判決が大審院明治43年(れ)第1884号同年10月25日判決・刑録16輯1745頁に違反するとも主張するが,同判決は,抵当権設定とその後の売却が共に横領罪に当たるとして起訴された場合に関するものであり,本件と事案を異にするから,この点は,適法な上告理由に当たらない。
4 そこで,本件引用判例に係る判例違反の主張について検討する。
[要旨1]委託を受けて他人の不動産を占有する者が,これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても,その不動産は他人の物であり,受託者がこれを占有していることに変わりはなく,受託者が,その後,その不動産につき,ほしいままに売却等による所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは,委託の任務に背いて,その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をしたものにほかならない。したがって,売却等による所有権移転行為について,横領罪の成立自体は,これを肯定することができるというべきであり,先行の抵当権設定行為が存在することは,後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である。
このように,所有権移転行為について横領罪が成立する以上,先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における同罪と後行の所有権移転による横領罪との罪数評価のいかんにかかわらず,検察官は,事案の軽重,立証の難易等諸般の事情を考慮し,先行の抵当権設定行為ではなく,後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される。また,[要旨2]そのような公訴の提起を受けた裁判所は,所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり,犯罪の成否を決するに当たり,売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない。このような場合に,被告人に対し,訴因外の犯罪事実を主張立証することによって訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは,訴因外の犯罪事実をめぐって,被告人が犯罪成立の証明を,検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど,当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず,訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである。
以上の点は,業務上横領罪についても異なるものではない。
そうすると,本件において,被告人が本件土地1につき本件抵当権①,②を設定し,本件土地2につき本件抵当権③を設定して,それぞれその旨の登記を了していたことは,その後被告人がこれらの土地を売却してその旨の各登記を了したことを業務上横領罪に問うことの妨げになるものではない。したがって,本件土地1,2の売却に係る訴因について業務上横領罪の成立を認め,前記(1),(2)の各犯罪事実を認定した第1審判決を是認した原判決の結論は,正当である。
以上の次第で,刑訴法410条2項により,本件引用判例を当裁判所の上記見解に反する限度で変更し,原判決を維持するのを相当と認めるから,所論の判例違反は,結局,原判決破棄の理由にならない。
よって,刑訴法414条,396条,平成7年法律第91号による改正前の刑法21条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

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