覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件

千葉地方裁判所判決/平成18年(わ)第2502号   平成19年8月22日

      主   文
被告人は無罪。
      理   由
1 本件公訴事実は,「被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,みだりに,営利の目的で,覚せい剤を輸入しようと企て,平成18年10月23日(現地時間),マレーシア・クアラルンプール国際空港において,日本航空第724便に搭乗するに当たり,同航空会社従業員に対し,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩2276.02グラムを透明ビニール袋で4袋に小分けした上,これらを隠匿した黒色ハードスーツケースを,千葉県成田市所在の成田国際空港までの機内預託手荷物として運送委託し,情を知らない前記クアラルンプール国際空港関係作業員らをしてこれを同航空機に搭載させて同空港を出発させ,同航空機により,同月24日午前6時54分ころ,前記成田国際空港に到着させ,情を知らない同空港関係作業員らをしてこれを同航空機から機外に搬出させて本邦内に持ち込み,もって覚せい剤を本邦に輸入するとともに,同日午前7時22分ころ,同空港内東京税関成田税関支署第2旅客ターミナルビル旅具検査場において,携帯品検査を受けるに際し,前記のとおり覚せい剤を携帯しているにもかかわらず,同支署税関職員に対し,その事実を秘して申告しないまま同検査場を通過して輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同支署税関職員に発見されたため,その目的を遂げなかったものである。」というものである。
弁護人は,「被告人が,公訴事実記載のとおり,本邦に入国し,その際税関職員の携帯品検査を受けたときに持っていた上記黒色ハードスーツケース(以下「本件スーツケース」という。)内から覚せい剤が発見されたことは争わないものの,その中に覚せい剤等の違法薬物が隠匿されていることを被告人は知らなかったから,本件覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意がない。」として無罪を主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。そして,本件の証拠を検討すると,被告人には,未必的にせよ,本件覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意があったと認めるには合理的な疑いがあるので,その理由を説明する。なお,以下の日付はいずれも平成18年であり,証拠に続く括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示し,弁の番号は,同カードにおける弁護人請求証拠の番号を示す。
2 被告人の公判供述,被告人の検察官調書(乙9),警察官調書(乙2ないし5),答弁調書(乙7,8),証人北川一郎,同南野二郎の公判供述,現行犯人逮捕手続書(甲2。不同意部分を除く。),写真撮影報告書(甲5),調査報告書(甲6,20,21,26。甲6については不同意部分を除く。),旅券精査報告書(甲24),差押調書(甲7),鑑定書(甲15),千葉地方検察庁で保管中の覚せい剤4袋(平成18年千葉検領3348号符号1ないし4)によれば,本件の経緯等について,以下の事実が認められ,この点については弁護人も特に争ってはいない。
 (1) 被告人は,1月以降,アンダマン諸島,インド等を旅行して巡り,8月27日にマレーシアに入国し,その後,9月11日マレーシアからシンガポールへ,同月14日シンガポールからマレーシアへ,同月15日マレーシアからタイへ,10月13日タイからマレーシアへそれぞれ渡航した。
 (2) 10月23日(現地時間),被告人は,マレーシア所在のクアラルンプール国際空港において,本件スーツケースを機内預託手荷物として運送委託して同空港を出発し,同月24日,成田国際空港に到着した。
 (3) 成田国際空港内東京税関成田税関支署第2旅客ターミナルビル旅具検査場のいわゆる免税検査台において,財務事務官北川一郎(以下「北川」という。)が被告人について税関検査を実施したところ,被告人は,北川から質問されていないのに来日目的が観光であると述べた。北川が本件スーツケースの検査を求めると,被告人は,本件スーツケースは新品であると言って,これを自ら検査台に載せた上,北川の質問に答えて,本件スーツケース及びその中身は全て自分のものであると述べた。北川が本件スーツケースを開披したところ,下蓋部分に集中的に衣類8点ほか12点の荷物が収納されており,上蓋部分にはビニール袋に入れられたビーチサンダル1足のみが収納されていた。北川は,本件スーツケースの下蓋に厚みを感じ,収納物を全て取り出して持ち上げると通常より重く感じた上,下蓋部分の下側両角の布製内張がところどころはがれているのを確認したことから,厳重検査のため検査を財務事務官南野二郎(以下「南野」という。)に引き継ぎ,南野は被告人の同意を得て本件スーツケースのエックス線検査を実施した。検査台での検査の間,被告人に特に挙動不審な点はなく,南野が本件スーツケースのエックス線検査を求めた際も,平然として慌てる素振りはなかった。
 (4) エックス線検査の結果,本件スーツケースの底部に4つの四角い異影が認められたため,南野が被告人を検査室に同行し,財務事務官東山三郎(以下「東山」という。)らも応援に加わった。同室で,被告人は,申告しょうよう板を見ながら,その写真に写っているものは持っていない旨述べた上,質問票に記入したが,同票の「ほかの人に頼まれて持ってきたものはありますか。」という質問項目について「はい」を意味する「JA」にチェックした。東山が通訳を介し,預かってきた荷物はどれか尋ねたところ,被告人は,本件スーツケースはほかの人に頼まれて持ってきたわけではないが,マレーシアで友人にもらったものであると答えた。また,南野が通訳を介し,本件スーツケースのエックス線検査の写真を見せながら異影について質問したところ,被告人は,「分からない。」,「ドラッグは持っていない。」と答え,何でドラッグだと思うのかと尋ねられると,「先ほどドラッグの写真を見せられたからだ。」と答えた。
さらに,財務事務官らが本件スーツケースの解体検査を実施し,その布製内張をはがしたところ,プラスチック製内張が現れ,そこにねじがガムテープで留められている状態であり,プラスチック製内張をはがすと,透明ビニール袋に入れられた覚せい剤4袋(以下「本件覚せい剤4袋」という。)が発見された。
被告人は,検査室に同行を求められた際,同室に向かう途中,申告しょうよう板を見せられながら質問された際及び質問票に記載する際はいずれも平然とした様子だったが,エックス線検査の写真を見せられた時には,早口になり,身振りや手振りが多くなるなど落ち着かない様子を見せ,本件スーツケースの解体を求められたときも,落ち着きがなく,そわそわして,解体中には様子をのぞき込んだり,体を揺すり,顔を紅潮させるなどしていた。
 (5) 本件スーツケースの重量は中身が全て収納された状態で15.2キログラムであり,解体前に衣類等の荷物を取り出した状態では9.2キログラムであった。また,本件覚せい剤4袋の重量は風袋込みで2347.8グラムに上り,本件スーツケース自体の重量は6.9キログラムであった。
3(1) 上記事実によれば,本件覚せい剤は被告人が日本に持ち込んだ本件スーツケース内から発見された上,当初は被告人の所有物と述べていた本件スーツケースにかなり巧妙に隠匿されていたものであって,これらは被告人が本件覚せい剤の隠匿を知っていたことを強く疑わせるものである。ところで,被告人は,本件スーツケースを携帯して本邦に渡航するに至った経緯については,捜査段階及び公判廷において,概要,以下のとおり供述している。
私は,9月6日ころ以降,マレーシアのクアラルンプールに滞在し,ウィーラーズゲストハウス(以下「ウィーラーズ」という。)に宿泊していたところ,同月9日深夜,市内のビーチクラブで,トム・グレコと名乗るトルコ人男性(以下「トム」という。)と知り合い,日本で金に関係する仕事があると持ち掛けられた。その時,私はトムにEメールアドレスを教え,その後,トムからは何度もEメールを受け取っていた。
10月17日ころ,私は,トムに電話をかけ,クアラルンプールで仕事を探して欲しいと頼み,同日夜,トムと会ったところ,トムから,その仕事は,日本で金や宝石を受け取りクアラルンプールへ運搬するというものであること,金や宝石の価値,重量についての証明書と海外運送のライセンスを貰えること,報酬が2000ないし3000米ドルであることを説明され,日本に行くにはきちんとした格好をしなければならないなどと言われた。私は,金を密輸するのではないかなどと思ってトムの話を不審に感じたことから,直ちにはその仕事を引き受けなかったが,同月18日,同宿者のケイト・レーマン(以下「ケイト」という。)及びエド・ゴッチ(以下「エド」という。)並びにウィーラーズ受付係のサリー・ジャクソン(以下「サリー」という。)に相談を持ち掛けた上,インターネットで調べてみたところ,金の密輸に関する事柄は見当たらず,むしろ銀行で金の取引が行われていることなどが分かった。そこで,私は,証明書やライセンスを受け取り,それらの有効性を日本の警察や大使館等で確認してもらった上で金や宝石をマレーシアに持ち帰れば大丈夫であると思い,同日中にトムに電話をかけて仕事を引き受ける旨返答した。
同月19日夜,私は,ウィーラーズ近くのレゲエバーで,同宿であったイギリス人女性のララ・ボレル(以下「ララ」という。)に対し,トムから引き受けた仕事の内容を話し,自分が戻ったらララにも同じ仕事を紹介できるかもしれないなどと話した。その後,トムがレゲエバーに来て,私はトムから携帯電話を受け取ったが,この時,トムは,報酬の3000米ドルのうち約1000米ドルは必要経費であると言い,また,日本での仕事のためによい洋服を買わなければならず,新しい洋服に合うようなスーツケースが必要であると言ったが,私がリュックサックしか持っておらず,スーツケースを買うつもりもないと答えたため,トムがスーツケースを用意することになった。
同月21日,私はトムと会ってマレーシア・日本間の航空券を受け取り,この時,トムから,日本でホテルに着くとパートナーが来て,スーツケースを渡すと金を固定してくれるなどと説明された。また,同月22日,私は,ウィーラーズをチェックアウトしてトムに手配してもらったクアラルンプール市内のホテルに宿泊した。
同月23日,私は,トムとともに買い物に行き,私が必要ないと言ったにもかかわらず,トムは私のために白色バスローブを購入した。また,私は,同日,トムから日本で滞在するホテルの予約票を受け取ったが,トムは雇用証明書を忘れてきたと言い,証明書は日本のホテルにファックスで送ると言った。その後ホテルに戻ると,トムは,車のトランクから取っ手にビニールが付いた新しい本件スーツケースを取り出して部屋まで運んだ上,パートナーが本件スーツケースに金を固定するが,それには二,三日かかるので,その間は横浜見物でもすればいいなどと述べた。金を固定する理由について,トムは,私に持ち逃げされないようにするためであると説明した。私が,横浜見物をするだけで約2000米ドルもの報酬をもらえるというのは多すぎると思い,トムに対し,違法なことはしたくないと言ったところ,トムは,疑うならスーツケースを調べてみるよう言ったため,私は本件スーツケースの中身を確認し,触ったり,ポケットの中も見たりしたが,不審な点は見つからず,トムはさらに,金を持ってくるのがまずいと思えば金を持って帰らなくても良い,いずれにせよ2000米ドル払うなどと述べた。その後,私はトムの指示で本件スーツケースの下蓋部分のみにウィーラーズから持ってきた衣類等を収納したが,そのころ,再度本件スーツケースに金を固定するとの話が出た。そして,私は,ホテルを出発してトムの車でクアラルンプール国際空港に行き,同日午後9時ころ空港にチェックインしたが,チェックインカウンターで本件スーツケースを計量器に載せると15.2キログラムであり,私は,予想していたよりも重いと思った。
 (2) 被告人の上記供述は,被告人は,トムに依頼された仕事のために,同人に勧められるままに,本件スーツケースを携帯して本邦に入国したというものであるが,Eメール(弁1ないし3,5,6,8,9,13ないし15,24,26,28)によれば,被告人は,その当時,「トム・グレコ」との間で,上記仕事について,別表1記載のとおりEメールのやりとりをしていること及び被告人が知人らに対し,別表2記載のとおりEメールでこの仕事について話していることが認められる。
 (3) そして,被告人の前記(1)の供述のうち,9月9日以降トムから日本での仕事を持ち掛けられて,その後も勧誘され続け,10月18日に初めて依頼を引き受けることにしたという点については,別表1記載の被告人とトムとの間のEメールのやり取りとよく整合する。また,トムから依頼された仕事内容が金や宝石の運搬に関するものであり,その報酬が高額であったという点についても,別表2記載の被告人によるEメールの送信状況,ケイト,ララ,エド及びサリーの各供述書ないし証人陳述書(弁30,35,49,52)の内容や,被告人が逮捕時に所持していた白色ノート中の記載(弁34)とよく符合している。
 (4) そうすると,被告人の前記(1)の供述のうち,被告人がトムという人物から,かなり高額の報酬約束のもと,金や宝石の運搬を依頼されて承諾し,その仕事のために本邦に入国したことはほぼ裏付けられているといえるから信用することができる。また,被告人の供述のうち,被告人が本件スーツケースを携帯して入国するに至った経緯に関しては,これを裏付ける明確な証拠はないものの,その点の供述は捜査段階から一貫しており,その前後の状況等も含めて,極めて具体的かつ詳細であり,迫真性が認められる。そして,上記の経緯に関する被告人の供述の信用性を疑わせるような証拠も特に認められないことからすれば,この点に関する被告人の供述も否定することはできないというべきである。
なお,弁護人は,通訳が不正確であったなどの理由から,被告人の捜査段階の供述調書には不正確な点が多々あると主張し,被告人もそれに沿う供述をするが,それらの点は,いずれも本件と直接関係ない事柄に関するものか,細部にわたる齟齬を指摘するものであって,むしろ,トムとの接触状況に関する被告人の供述の根幹部分は,捜査段階から公判廷に至るまで,よく一貫しているものと認められる。
4(1) 以上の説示を前提として検討するに,被告人は,トムから金や宝石の運搬の仕事として本件を依頼されてこれを引き受けたものであり,その際,前記のような事情で,トムに仕事をする上で,本件スーツケースを携帯した方がいいと勧められ,同人が持参した同スーツケースに自らの衣類などを詰めて本邦に持ち込んだものであって,覚せい剤の密輸という本件の真相についてはトムから説明されていなかったものと認められるから,被告人に本件覚せい剤を運搬する確定的な故意はなかったといえる。
 (2) そこで,そのような場合においても,被告人が,なお,本件スーツケースの中に何らかの違法な薬物ないし物品が隠匿されていると認識していたかどうかについて,更に検討することとする。そして,前記2,3を前提としても,被告人の言動に対しては,以下のような事情が指摘できる。
ア 被告人が引き受けた仕事は,日本に赴き,トムの仕事のパートナーが本件スーツケースに取り付けてくれる金や宝石をクアラルンプールに持ち帰り,パートナーがその準備をする間はただ観光等をしていればよいというものであったにもかかわらず,かかる仕事の報酬は約2000米ドルと,仕事内容に比して高額であった。のみならず,トムは被告人のために洋服を購入し,スーツケースを用意した上,航空券及び日本で滞在するホテルのほか渡航前日に宿泊するホテルまで手配している。上記のような極めて簡単で,かつ適法な仕事をするだけで,上記のような高額の報酬等を得られるとは通常考え難いから,被告人は,これらの事実から,何らかの違法な物品の運搬に加担する可能性を疑ってしかるべきであったといえる。
イ また,被告人の供述によっても,被告人がトムから雇用証明書を受け取っていない上,トムが行っているという事業に関する店舗や扱っている商品等も見たことがなく,結局,仕事内容が金や宝石の運搬に関するものであることを客観的に裏付けるような資料や情報を何ら提供されていない事実も,トムから依頼された仕事の真実性を疑うべき事情であり,金や宝石以外の違法な物品を運搬する可能性を疑わせる事情であるといえる。
ウ さらに,トムが,わざわざ新品の本件スーツケースを用意して被告人に使わせることとした上,違法行為の心配をする被告人に対し,ことさらに本件スーツケースをチェックするよう述べている事実,トムが被告人に対し,荷物を本件スーツケースの下蓋部分にのみ詰めるよう指示し,被告人が不要であると言ったにもかかわらず購入した白色バスローブをすき間に詰め込んだ事実,北川が本件スーツケースを開披検査すると,本件スーツケースは新品であったにもかかわらず,下蓋部分の下側両角部分の布製内張がところどころはがれているのが確認された事実は,いずれも被告人が,本件スーツケースに細工がされ,何らかの違法な物品が隠匿されていることを疑ってしかるべき事情であるといえる。
エ 被告人は,成田国際空港における税関検査の際,トムから依頼された仕事のために入国したのに,来日目的が観光であると述べ,本件スーツケースは実際にはトムから借りたものであるのに,友人からもらったもので,自分のものであると答えているのであって,これは,税関検査での質問をなるべく避けようとする意思の表れといえる。
オ 加えて,本件スーツケースに隠匿されていた本件覚せい剤4袋は約2キログラム余りに上り,被告人自身クアラルンプール国際空港において計量台に本件スーツケースを載せた際に予想より重いと感じたことを自認しており,かかる事実も,被告人が本件スーツケースの中に,何らかの違法な物品が隠匿されていることを認識する契機となる事情といえなくもない。
5 他方で,被告人は本件スーツケースに覚せい剤等の違法薬物が隠匿されていることは全く知らなかった旨供述し,その理由として,トムと薬物が被告人としてはマッチしなくて,トムが薬物に関係しているとは全く考えが及ばなかったと述べている。被告人がその根拠としてあげているものは,いずれもトムの言動や風体から受ける被告人の印象を中心とした主観的なもので,客観的な裏付けに欠けるものであるが,以下の事情は,このような被告人の認識状況を裏付ける事情といえる。
 (1) 被告人は,トムから仕事を持ち掛けられた際に,金の密輸等をもっぱら疑い,インターネットで調査するなどした上,日本で金や宝石とともに金の価値・重量の証明書及び海外運送のライセンスを受け取ったら,それらの書類を日本で大使館や警察等に持ち込んでその有効性を確認してからマレーシアに戻る予定であった旨供述しているところ,かかる供述は,ケイト,ララ及びエドの供述(弁30,35,52)とも符合するもので,信用できる。このように,被告人が,日本からマレーシアに戻る際の金の密輸を心配するあまり,違法薬物の運搬等他の違法行為については心配するに至らなかったという可能性もあるし,前記4(2)アにおいて指摘した,本件の仕事内容に比して報酬が高額であるという点についての疑問も,金の密輸をさせられるのではないかという疑惑に凝縮されていたとも考えられる。
 (2) また,被告人は,トムから,出発前に雇用証明書を,日本において金の価値,重量の証明書及び海外運送のライセンスをそれぞれ渡されると言葉巧みに言われていたのであって,前記のとおり,トムから引き受けた仕事について,結局のところ,これを裏付ける客観的資料が何ら存在しなかったとはいえ,それらを入手する予定ではあったというのであるから,被告人自身,金の運搬の仕事が事実無根の口実ではなく現実の話だと思っていたとしても不自然とまではいえない。
 (3) さらに,被告人は,前記3(2)で認定したとおり,仕事を引き受けた後,スタンリー・フレック,デヴィッド・ジョンソン,ブルース・キッド及びウォルター・レーガンに対し,「大金を稼ぐ仕事をします。ひっひっひ。」,「とっても幸せ!」,「私はここでバイトを見付けたの。最高なのよ,それで月曜には日本へ行くの,ヒュー!」,「すごく楽しみ!」,「自分の人生の中で,またこんなラッキーなことがあるなんて,本当にもうどうしちゃったのかしらと思いたくなるわ。」などとEメールを送り,仕事のために日本に赴くこと,その仕事によって高い報酬を得られることを盛んに吹聴しており,これらの事実は,被告人が,違法薬物の密輸についてなんら疑っておらず,金の密輸の可能性があるとしても日本で証明書等の有効性を確認すれば,実際にそれに関して違法行為があったとしても,これに加担しなくて済むと考えていたことの表れといえる。仮に,被告人が違法薬物の密輸を疑っていたとすれば,そのような違法行為に加担することを周囲の者に無邪気にひけらかすことは通常考え難い。
 (4) その上,前記3(1)のとおり,被告人は,ウィーラーズ近くのレゲエバーでララに会った際,同女に対して仕事を紹介できるかもしれないなどと持ち掛けているところ(この点については,ララも同旨の供述している(弁35)。),被告人とララは行きずりの縁であったに過ぎないとはいえ,従前薬物犯罪に関与していたとは認められない被告人が,薬物の密輸であることを知り,若しくは疑いながら,気軽にかかる違法行為を友人にあっせんするとはにわかに考え難く,この点も,被告人が本件スーツケースの中に覚せい剤が隠匿されていることを知らなかったことをうかがわせる事情である。
 (5) 加えて,成田国際空港における税関検査時の被告人の言動については,借り物に過ぎない本件スーツケースを自分のものであると答えている点等が,前記のとおりやや不自然であるとはいえ,検察官が指摘するように,財務事務官から質問されていないのに,本件スーツケースが新品であるなどと述べたという点は,被告人の違法薬物の認識を裏付けるような不審な言動であるとは必ずしもいえない。そして,被告人は,検査室に同行を求められた際,同室に向かう途中,申告しょうよう板を見せながら質問された際や,質問票に記載する際,いずれも平然とした様子であり,エックス線写真の異影を見せられて初めて落ち着かない素振りを見せるようになったというのであり,従前薬物犯罪に関与していたとは認められない被告人が,本件スーツケースに覚せい剤が隠匿されていることを知りながら,検査室に同行されるなどして厳重検査の対象となってもなお上記のような平然とした態度をとり続けることができるとは考え難く,被告人が,エックス線写真の異影を見せられて初めて落ち着かない素振りを見せたこととも対比すると,かかる事実も,被告人が本件スーツケースの中に覚せい剤が隠匿されていることを知らなかったことをうかがわせる事情というべきである。
6(1) そして,上記5の諸点に照らせば,被告人は,トムの話が当初から高価な金や宝石の運搬であることから,その運搬自体が違法ではないかとの考えに捕らわれ,また,トムの印象から薬物に関係したものではないと思い込み,行動していたことがうかがわれる。それは,上記5の諸点に良く表れているのであって,最終的にはマレーシアに戻る際に,受け取った証明書等を日本の警察等に持ち込んで有効性を確認すれば足りると考え,トムの不自然な行動について十分検討しないで軽率に行動したと強くうかがえる。
 (2) そこで,このような観点から,更に前記4(2)の諸点について検討するに,本件スーツケースの内張がはがれていた点については,それが仮に被告人がクアラルンプールで本件スーツケースを検分した際に既に生じていたとしても(その後に生じた可能性も否定できない。),証人北川の公判供述,調査報告書(甲6)によれば,内張のはがれはそれ程目立つものとはいいがたく,被告人が述べる本件スーツケースを受け取った状況に照らせば,被告人がこれに気付かなかったとしても不思議ではない。さらに,(2)オの点についても,確かに本件スーツケースに約2キログラム余りもの覚せい剤が隠匿されていたとはいえ,被告人が荷物を詰める前に本件スーツケースを持ち上げたことはないと述べているところ,調査報告書(甲6)によれば,本件覚せい剤が隠匿された状態の本件スーツケースは,中身が空の状態で持つと不自然に重いものの,中身の入った状態で持ち上げた場合には異常を感じるものではないというのであるから,被告人が本件スーツケースの重さについて予想より重いと思ったという以上に特段不審を抱かなかったとしても不自然ではない。
そして,前記4(2)のその余の点についても,被告人は,日本からマレーシアに戻るときに,金や宝石の違法な運搬に加担させられるのでないかということを疑いこれにどう対処するかということのみに注意を集中し,それ以外についてはそれ程重要視していなかったことからすると,上記の諸点の問題があるとしても,それによって,被告人が本件スーツケース内に違法薬物を含む何らかの違法な物品が隠匿されているのではないかと認識していたと推認する事情としては十分ではない。
なお,被告人は,10月17日ころ,トムから仕事の詳細を聞いた際,金の密輸のほかにも様々な違法行為を心配した旨供述し,薬物の可能性についても思いを致したことを自認している。しかし,この時点では,未だトムからスーツケースを預かるという話は出ておらず,日本でトムのパートナーから金や宝石が入った袋を受け取る予定であり,被告人は,その袋に薬物等の違法な物品が隠匿されていることを心配していたものである。そして,この点に関しては,日本を出発する前に受け取った袋の中身を確認すれば足りると考えていたのであり,前記の認定を何ら左右するものではない。
7 以上検討したところによれば,被告人が,前記2のような状況で,本件覚せい剤が隠匿された本件スーツケースを本邦に持ち込んだものである上,前記4(2)のとおり,本件スーツケースに違法薬物を含む何らかの違法物品が隠匿されているのではないかとの疑いを抱かせるに足りる事情は存するものの,その一方で,前記5のとおり,本件スーツケースに覚せい剤が隠匿されていることを知らなかったという被告人の弁解を裏付ける事情も複数認められるのであって,この点も含めて考慮すれば,前記2及び4(2)の事情は,未だ違法薬物を隠匿所持していることの認識を未必的にも有していたと推認するのに十分な事情とはいえないのであって,結局,被告人の上記弁解を排斥することはできないというべきである。
8 そうすると,被告人には,未必的にせよ,覚せい剤取締法違反及び関税法違反の故意があったと認定するには合理的な疑いが残り,本件公訴事実は犯罪の証明がないことに帰するから,刑事訴訟法336条により被告人に対して無罪の言い渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
別表
 1 被告人とトム・グレコとの間のEメールのやりとり〈省略〉
 2 被告人が知人に送信したEメールの内容〈省略〉

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