詐欺被告事件 3

最高裁判所第2小法廷決定/平成19年(あ)第156号 平成19年7月10日

      主   文
本件上告を棄却する。
      理   由
・・・の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するもので本件に適切でないか,引用の判例が所論の主張するような趣旨を示したものではないから,前提を欠き,その余は,事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論にかんがみ,第1審判示第2の詐欺罪の成否につき,職権で判断する。
1 原判決が是認する第1審判決の認定及び記録によれば,以下の事実が認められる。
(1)被告人は,A建設の屋号で建設業を営むものであるが,平成17年6月6日,羽曳野市から同市内の下水道工事を受注し,同市との間で工事請負契約を締結した。
(2)羽曳野市工事請負契約約款では,請負業者が前払金の支払を請求するには,保証事業会社との間で前払金保証契約を締結しなければならず,前払金は,その使途が当該工事の材料費,労務費等,必要な経費の支払に限定され,それ以外の支払に充当してはならないとされていた。
(3)これに従い被告人が保証事業会社との間で締結した前払金保証契約においては,請負業者から保証事業会社に上記前払金の使途に応じた用途が記載された「前払金使途内訳明細書」を提出する一方,前払金は保証事業会社があらかじめ業務委託契約を締結している金融機関の中から請負業者が選定する預託金融機関の請負業者名義の前払金専用普通預金口座に振り込まれることとされていた。また,上記保証契約によれば,請負業者は,前払金を保証事業会社に提出した書面に記載された目的に適正に使用する責任を負い,預託金融機関に適正な使途に関する資料を提出して,その確認を受けなければ,上記口座の預金の払出しを受けることができないとされていた。
(4)保証事業会社と預託金融機関との間で締結された業務委託契約によれば,保証事業会社は預託金融機関に「前払金使途内訳明細書」の写しを送付し,預託金融機関は,「前払金使途内訳明細書」の使用項目,使用金額,支払先等の内容と,請負業者が払出請求時に提出する「前払金払出依頼書」の内容が符合し,使途が上記保証契約に適合する場合に限って払出しに応じることとされていた。
(5)被告人は,上記前払金専用口座として,株式会社B銀行藤井寺支店にA建設被告人名義の口座を開設した上で,同年7月28日,羽曳野市に対して前払金480万円(内訳は,下請の株式会社Cへの土工配管工費400万円,直用労務費80万円)を請求し,同市から,同年8月12日,上記前払金専用口座へ480万円が振り込まれた。
(6)被告人は,同日,上記銀行支店の係員に480万円全額の払出しを求めたが,係員から400万円はCの口座へ振り込むようにしなければ払出しに応じられないと断られた。
(7)そこで,被告人は,400万円を「前払金使途内訳明細書」に記載されたCへの下請代金支払のように装って前払金専用口座から引き出し,A建設の運転資金に充てようと企て,共犯者と共謀の上,C名義の預金口座を同社に無断でD信用金庫松原支店に開設した上,同月15日,上記B銀行藤井寺支店で真実の意図を秘し,上記のように装い,支払先をCとする「前払金払出依頼書」を提出して,前払金の払出しを請求し,同支店係員をその旨誤信させ,上記前払金専用口座から400万円を払い出した上で上記C名義の口座に振込入金させた。
2 所論は,本件において,被告人は,自分名義の口座に適正に振り込まれた金員を自己の管理するC名義の口座に移しただけで,実質的には,社会通念上,被告人自身の金とみなされるべきものを動かしたにすぎず,前払金制度の適正という公共的法益が侵害されたにとどまり,銀行にも財産権に関する実害が生じていないから,詐欺罪は成立しないというのである。
しかし,前記事実関係によれば,被告人は,A建設被告人名義の前払金専用口座に入金された金員について,前払金としての使途に適正に使用し,それ以外の用途に使用しないことを羽曳野市及び保証事業会社との間でそれぞれ約しており,B銀行藤井寺支店との関係においても同口座の預金を自由に払い出すことはできず,あらかじめ提出した「前払金使途内訳明細書」と払出請求時に提出する「前払金払出依頼書」の内容が符合する場合に限り,その限度で払出しを受けられるにすぎないのであるから,同口座に入金された金員は,同口座から被告人に払い出されることによって,初めて被告人の固有財産に帰属することになる関係にある(最高裁平成12年(受)第1671号同14年1月17日第一小法廷判決・民集56巻1号20頁参照)。すなわち,上記前払金専用口座に入金されている金員は,いまだ被告人において自己の財産として自由に処分できるものではない。一方,B銀行藤井寺支店も,保証事業会社との間で,前払金専用口座に入金された金員の支払に当たって,被告人の払出請求の内容を審査し,使途が契約内容に適合する場合に限って払出しに応じることを約しており,同口座の預金が予定された使途に従って使用されるように管理する義務を負っている。そうすると,被告人らにおいて,A建設の運転資金に充てる意図であるのに,その意図を秘して虚偽の払出請求をし,同支店の係員をして,下請業者に対する前払金の支払と誤信させて同口座から前記C名義の口座に400万円を振込入金させたことは,同支店の上記預金に対する管理を侵害して払出しに係る金員を領得したものであり,詐欺罪に該当するものというべきである。
したがって,これと同旨の原判決の判断は,正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。

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